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zoom RSS 騎士団長殺し を読む

<<   作成日時 : 2017/03/01 19:00   >>

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 恒例の村上春樹祭りがやってきた。

 数十年来、彼の本を買い続けてたぶん村上ファンと言えると思うが、新刊が出たり、ノーベル賞の時期が巡ってくるたび大騒ぎする、あのノリにはついていけない。

 みんなでひざを突き合わせて読むような内容ではないと思うのだけど、まあ、それが楽しい人たちが現実に存在するのだから、あれこれ言うのも野暮なのだろう。
 それにしてもね・・・。


騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編
新潮社
2017-02-24
村上 春樹


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 「騎士団長殺し」は、主人公によって発見される、ある日本画家の未発表作のタイトルである。
 この日本画家は、おそらく安田靫彦の名前をもじっている。調べたところ、安田の来歴と、作品中の日本画家の人物設定には重なるところがないので、どのような絵かを想像しやすくするためだけに、安田の名前に似せたのだろう。
 なぜなら、絵のイメージが共有されないと、「騎士団長」も想像できないからだ。

 内容は、ざっとくくれば、いつもの喪失と再生の物語である。途中に「地下世界」という装置が挟まるところも、ハードボイルド・ワンダーランドからねじまき鳥クロニクルにつながる定番のシチュエーションだ。
 主人公とそれを取り巻く人々の、ありえないほど比喩に満ちたまわりくどい会話も健在。トルストイがシェークスピアを評して言ったように、「誰もがこの世にはありえない『シェークスピア調』で話す」というのが、そのまま当てはまる。
 主人公が仕事を置き去りにしてあてのない旅に出たり、これまた都合よく住む家が見つかったり、裕福でシックな人々が次々登場するストーリーは、「ご都合主義」と文学賞の選考委員にはケチをつけられそうだ。
 もちろん、そう思うのは私が田舎者だからで、生まれも育ちも東京の人々には、よくある話なのかもしれない。

 ・・・というように、かずかずの突っ込みどころはあれど、休む間もなく読まされてしまうのは、さすが村上春樹というところ。
 特に、「騎士団長」の設定は村上春樹の真骨頂。大戦前夜のウィーンをオペラに絡めて、多少無理のある設定をうまくまとめている。

 かつて、村上春樹の作品群を「失い続ける物語」と評した人がいたが、このところの彼は、最後に希望や幸福をちりばめるようになり、どうやら「人生も悪くない」という路線にシフトしたように思える。もちろん、単純なハッピーエンドではなく、上巻の冒頭にあるような「漠とした不安」を残してはいるが。
 若い頃の作品における必然的な(イニシエーション的な)闇への旅から、「なんかまきこまれちゃったんだよな」という軽い諧謔さえも感じさせる主人公(本人の述懐はあくまでシリアスだが)の登場は、村上春樹が文学に必要としてきた「何か」が変わってきたからだろうか。
 もしくは、現実世界があまりにもシリアスなため、必要とされる物語も変わるということか。
 少なくとも、村上春樹の作品は、図書館の隅から発掘される「古典」ではない。時代の空気を感じ、その向こうを視界の隅に捉えながら読むべきものなのだ。



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