夜の写本師 を読む

 見知らぬ作者の本を買うときは、いつもちょっとしたためらいを覚える。
 要するに「ハズレ」だったらいやだな、ということだ。

 この本も、ずっと前から本屋で見かけていたが、冒頭の四行を読んでもピンとこなかった。しょっぱなからハデすぎる・・・。
 脳内で好奇心と理性が葛藤する。これはありきたりの、粗製乱造のファンタジーではないのか、設定は頑張ってるけどストーリーは尻すぼみかも・・・。
 それでも目的もなく入った本屋でついうっかり買ってしまったのは、やはり「呼んでる」気がしたからだった。


夜の写本師 (創元推理文庫)
東京創元社
乾石 智子


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 さて本題。

   右手に月石。
   左手に黒曜石。
   口の中に真珠。
   カリュドウは三つの品をもって生まれてきた。

 これが本作の冒頭四行である。
 主人公カリュドウの出生から始まる物語は、設定の奇抜さとはうらはらに静かな語り口で淡々と進んでいく。
 物語の「鍵」となるべき伏線は、冒頭の30ページほどですべて語られるが、幼い主人公が理解できないように、読者も知ることはできない。

 本のタイトルページに記された内容説明文を借りれば、養い親を失ったカリュドウは「魔法ならざる魔法を操る〈夜の写本師〉として修業を積む」。物語はひとことで言ってしまえばカリュドウの復讐譚なのだが、その復讐が重層的に入り組んでおり、他人の記憶を借りて、別の風土、別の時代の物語を存分に味わうことができる。
 土地の設定は地中海東岸、シリアからヨルダンあたりだろうか。もちろん架空だが、ペトラ遺跡のような都市も出てくる。

 特徴的なのは、「女性」性に対する作者の感覚だ。男性と女性のありようの違いを月と闇と海になぞらえる手腕は、同性としてうなずけるとともに、そら恐ろしさを感じる。カリュドウは記憶の中で「女として男に凌辱される」体験をするが、これは男性にはちょっと思いつかないシチュエーションだろう。
 仲間を集め切磋琢磨し友情パワーで敵に立ち向かう、というのがファンタジーあるいは主人公が少年である場合のありがちな設定だが、本作にはそれがない。協力者は生ぬるい友情ではなく、客観的判断に基づいて彼に協力を申し出るのだ。

 血と暴力にまみれ、ハッピーエンドともいえないような幕切れではあるが、読後感は非常に良い。読まないままにしないでよかった、というのが正直なところ。
 一度目の通読は物語の展開を追い、二度目は細かい伏線を検証し、三度目は状況描写の美しさを楽しむ、という「本好き」の嗜好を十分に楽しませてくれる。
 むしろこれだけの力量があるなら、もっと色々「盛って」もいいのに、とも思う。

 それにしても、「口の中に真珠」って・・・フツー赤ちゃん飲みこんじゃうよねぇ?
 その引っ掛かりが、長い間買うのをためらっていた最大の理由なのだった・・・。






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