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zoom RSS せんきた

<<   作成日時 : 2018/11/23 22:00  

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 秋の一日、プチお出かけ。

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 こちら、横浜市歴史博物館。
 横浜市営地下鉄のセンター北駅近くにある。
 調べたら我が家の最寄り駅から博物館まで一本で行けるバスがあったので、横浜市の歴史とやらがどんなものか見に行ってみた。


  ♢  ♢  ♢

 このあたり、港北ニュータウンといって、昭和から平成の初めにかけて大規模に開発されたところ。
 そのセンター地区にある駅のうち、北にあるのを「センター北駅」、南にあるのを「センター南駅」という。
 横浜市民は「センキタ」「センナン」という通り名で呼んでいる。

 よくある再開発のように、ピカピカの建物の間に古い家が残されていたり、道路の幅が場所により違ったりはせず、何もかも「計画どおり」という街並み。
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 北海道育ちの私には、こういう人工的な街並みはなんの違和感もないけど、薄っぺらさは否めない。

  ♢  ♢  ♢


 さて、歴史博物館。

 横浜市で最も古い遺跡は、旧石器時代の約三万年前のもの。
 縄文時代の遺跡もあるが、その後しばらく人間の痕跡がぷっつりと途絶え、弥生時代になるとまたムラがたくさん現れる。
 適度な起伏があり海に近く降水量もそこそこ多い関東は、人類にとって生活の糧を得やすい場所と思うが、数千年にわたって人がまったく消えてしまうというのは何があったのか・・・。
 寒冷化?火山灰に埋没?

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 この展示は石器の具体的な用途がわかってなかなかいい。


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 神津島産ということは、海を越える交易ルートがあったのだ。
 伊豆大島から島伝いに行けば、そんなに大変でもなかったのかな。
 北海道の白滝産は、横浜まで来なかったようだ。


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 日本の博物館は、こういうものの石の種類を示してくれない。
 どんな石が有用か、あるいはどこでそういう石が採れるのか、というのは当時の人々にとっては大事な情報だったと思うけど。

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 この辺りには「ひんべえ」もいたようだ(はに丸の馬)。

 
 奈良時代から近世まで、横浜はパッとしない時期が続く。
 地元出身の有名な武将も学者も芸術家もいないようだし、江戸時代は幕府の直轄地だったから、藩のお家騒動なんてものもない。

 東海道が通っているので、浮世絵の題材になったあの集落が復元されている。
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 これは東海道五十三次の「神奈川、臺の景」にある茶店さくら屋。
 去年の今頃行った、旧東海道の田中屋の場所だ。 
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現在の姿



 明治になると、横浜は突然脚光を浴びる。
 何もなかった寒村に突如レンガ造りの近代都市ができて、貿易で街は大賑わい。
 この期間の「歴史」は、港のほうに色々分野ごとの博物館があるので、ここではさらっと展示してあるだけ。

 山下公園に行くたびに「広いな〜」と思っていたが、あそこは関東大震災で市街地が壊滅した後、復興記念の博覧会を催した場所だったようだ。
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 博覧会のパビリオンには「北海道館」なんてのがある。
 一体何を展示していたのやら。
 「満州館」があるのが時代だな〜。


 このあと戦争中の市民生活、戦後の復興と続いて展示は終わり。
 きれいで大掛かりな博物館だけど、あまりにも「ひかっかり」がなく、ちょっと物足りなかった。
 小学生にはこのくらいでいいでしょう、って感じかな。



 博物館の隣の丘の上には、遺跡があって公園となっている(上から3枚目の写真、右側のモジャっとした所)。
 駅前でお昼を食べて、午後は遺跡散策。

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 ここは弥生時代の遺跡。
 お墓(方形周溝墓)と集落(竪穴式住居)が復元されている。

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 方形周溝墓(復元)と、その模式断面。
 四角い墓の跡が、それほど広くもない丘の上一面に残されている。
 一つ一つが数メートル四方もあり、人口が増えたらどうするつもりだったんだろう?と愚にもつかないことを思う。
 
 遺跡から100メートルほど離れたところが集落(ムラ)。
 こちらには竪穴式住居と、ムラを囲む環濠が復元されている。
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もののけ姫のタタラ場もこんな塀だったね

 さっきの遺跡もここの住居も、実際の遺跡は地表から1.5メートルほど地下に埋もれている。
 二千年前の人々がここで生活していたのかと思うと、不思議な感じだ。
 ここで暮らし、すぐそばに埋葬され、やがて土に還る・・・そして数千年後、自分の墓の上で親子がピクニックをする。
 なんか、いいかもしれない。




☆おまけ☆

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 横浜市の昭和39年の給食(上)と、最近の給食(下)。
 黒っぽい四角形のおかずは、クジラの竜田揚げ。
 私も小学校低学年のころ何度か食べた記憶があるが、今では高級品。
 アルマイトの食器が懐かしい。  

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 献立表は、すべての材料のグラム表示付き。
 アレルギー対策のためか(量は関係ない?)、家でも作れるようにという配慮なのか?
 今どきの教育現場は大変だ。


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 顔ハメ看板。
 見かけると写真を撮らずにいられない





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