満喫!北海道~後編



 洞爺に行ったら、必ず寄るのがココ。
 朝食ビュッフェで満腹になったにもかかわらず、誰一人反対しなかったのでホテルから直行

DSC_0188.JPG
 超有名アイス屋さん、レークヒルファーム。

 とうもろこしとかカボチャとかの季節の野菜のほか、果物系も各種あり、ミルクの味がとにかく美味しい。

DSC_0187.JPG

 しっかし食べるの好きだな~、うちの家族は。
 このあとさらに豊浦のイチゴ(このあたりでは有名な産地)も買って帰った。



 実家に戻って最後のご奉公(洗濯と昼食の片づけ)をしてから、姉と一緒に札幌へ。

 いつも一晩か二晩で去ってしまうけど、今回は4泊なのでゆっくりできる


 職場に行くついでに、ちょっくら大通でモンスターボールを集めて~と地下街に行ったら、ル・トロワの中に「森彦」系のカフェができていたので寄ってみた。
 円山に住んでいたころは森彦の前を通って通勤していたが、当時は知る人ぞ知る古民家カフェだったのに、この20年で店が増えていて驚いた。
 あの古民家でしょぼっとやっていたのが(※私の主観です)、こんな垢ぬけたオサレカフェに変身していたとは。
 古民家の森彦は冬は薪ストーブを焚いていたので、前を通るとそのけむりの匂いがして好きだった。
 このように、札幌の記憶は冬と分かちがたく結びついている。


 北一条には、オペラも上演可能な文化施設ができていた。

DSC_0196.JPG
 あれ?真ん中辺にいる黄色いのは・・・
DSC_0195-2.JPG
 onちゃんじゃないか~(HTBのキャラ)!
 そういえば、平岸から中心部に引っ越してきたんだっけ。
 以前は平岸の坂を車で上がっていくと、屋上からonちゃんが笑顔をふりまいていたんだよね~。


 この日は職場へ顔を出す。
 ちょこちょこっと仕事をし、旧交を温める。
 新顔さんが二人もいて、ちょっとキンチョー。

 夜は「ラムしゃぶ」宴会であった。
 久しぶりのラム。
 道民に戻った感じ

DSC_0199.JPG
 地方都市の良さは、やっぱり職住近接なところと思う。
 職場近くや繁華街で飲んで、そこからタクシー数千円で帰れるというのは地方ならではだ(地下鉄で帰ったけど)。



 土曜日は、お待ちかね、ファイターズ ⚾

DSC_0203-2.JPG
 今回はアンビシャスシリーズ。
 ファンクラブ会員は赤いユニフォームが貰えるので、球場内が真っ赤っか。

 お昼ご飯はファイターズ絶品グルメから、近ちゃんの「生姜焼き&卵焼きバーガーbyモス」をチョイス。
DSC_0202.JPG
 モスバーガーなだけに、味のバラバラ感もなく美味しかった。

 試合はというと、ファイターズは先発杉浦が5回持たずに降板し、継投で1点差を守り切る展開。
 どちらかといえばつまらない試合展開だったが、リードしているからいいか~てな感じで9回表、抑えの石川直也くんが登場。
 (直也君は好青年って感じで応援中
 あっさりツーアウトまで来たので、観客はせっせと勝利の風船を膨らませていた。

 ところが!

 そこからまさかのヒットとホームランで、逆転・・・裏の反撃も及ばず、敗戦となったのでした~  
 ぷしゅぷしゅ~(風船のしぼむ音)。

 勝てばヒーローインタビューに花火もあって満足度が高いが、負けるとただ帰るだけなので非常に虚しい。
 まあ、全部の試合に勝てるわけじゃないから仕方ないけど、今年の観戦は2戦2敗、ついてないわ~。



 横浜に帰る日は、姉が千歳空港まで送ってくれた。
 (正式には新千歳空港であるが、道民は誰もそう呼んでいない)

 そしてもちろん行ったわよココ!
DSC_0220-1.JPG
 千歳空港の3階にできた、ファイターズダイニング・ロスター。
 球団直営で、道産素材のメニューがウリなお店。
 写真に写ってないけどモニターがたくさんあり、行ったときはメジャーの試合を放映していた。
 ファイターズ戦の時は、それなりに盛り上がるのかな・・・?

DSC_0221.JPG
 壁には選手のサインもある。

 選手の顔写真ラテアートが一押しメニューなんだけど、暑いので今回はパス。

DSC_0225.JPG
 手前は秋鮭のフィッシュアンドチップス、奥がデリ3種盛り合わせ。
 デリはサラダからグラタンのようなものまで10種ほど置いてあり、その中から選ぶ仕組み。
 お値段高めと感じたけど、道産にこだわっていればこんなものか。
 席はそこそこ埋まっていたし、空港のスタッフも利用していたので、それなりに人気なのだろう。
 美味しかったけど、長居できるような席の作りではないので、ちょっとうーん、かな。
 でもまた行っちゃうかも・・・(次はラテアートを!)。


   ♢   ♢   ♢


 今回の北海道滞在では、親の手伝いをするといいながら、私もみんなに助けてもらった。

 弟や姉がわざわざ送迎してくれたし、職場では月末の超忙しい時期にもかかわらず、飲み会をセッティングしてくれた。

 特に最近はろくに稼いでもおらず、黒猫の「不良債権」と化しており、子育てもしていないことから世間に対して居心地の悪さのようなものを感じていたので、みんなの自然なやさしさが身に染みた。

 もうじき生まれて半世紀となるが(アポロから50年!)、月旅行ができていないのを除けば、思っていたよりもずっといい人生だった。
 って総括すると早死にしやすいらしいので、運命の女神に妬かれないよう、このくらいにしておこう・・・。



☆おまけ☆

 行きの飛行機は、早来あたりをぐるっと回って北から着陸だったので、去年の地震の被災地がしっかり見えた。

DSC_0155-2.JPG
 安平町の瑞穂ダムと、崩れた山々の様子。左上にある白っぽいカーブが夕張川。

 地震から一年近くになるが、崩れた斜面はいまだ赤々としている。

 この写真、よく見ると、山の尾根より少し下から直線的に崩れている(上1/3くらいのところ)。
 地質図ではこのあたり堆積岩の地層で、直線と見えるラインは、ほぼ走向方向のようだ。
 地層中には凝灰岩層が数枚挟まっていて、これが崩壊と関係あるのかな?と思ったが、崩れたのは表層の火山灰などであるから、関係ないのかとも思ってみたり。
 降下火砕物であれば、概ね距離に比例した厚さになるから、単に崩れやすい層がそこまでだった、という話かもしれない。
 たぶん、どこかの大学の先生がとっくに研究していて、探せば論文があるのかもしれないが、そこまで私の調べは及んでいない(爆)。

 いずれにせよ、こういうタイプの災害は予測が難しいから、被災した方、亡くなった方はほんとうにお気の毒だ。
 実家も斜面にある造成地なので、震度6とかに襲われませんように!と地震の度に願っている。