横浜美術館



 横浜美術館はみなとみらいの真ん中、グランモールに面している。

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背景はランドマークタワーと三菱のビル


 美術館前の広場には床板から水が吹き上がる仕掛けがあり、いつも子供で賑わっているが、さすがにこのどんより天気続きでは数組の親子しか遊んでいない。
 ちなみに「殺菌処理はしていないので噴水内に入らないで」と書いてあるが、暑い日はどの家族も全然気にせず水浴びさせており、みんな除菌とか消臭とかうるさいわりには、こういう衛生面は気に掛けないんだなと思う。


 本題。
 美術館にやってきたのは、(当たり前だが)展覧会を見るため。

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 この日の展示は、「原三渓の美術」というもの。
 原三渓は横浜の豪商で、美術コレクターとしても有名であったらしい。
 
 彼の来歴をざっと記すと、慶応4年岐阜に生まれ、現早稲田大学を卒業し、24歳の時に豪商原家の婿養子となる。
 幼少より茶の湯や美術に触れ、生糸貿易などで築いた莫大な財を、美術品の購入や本牧三渓園の造営費用、芸術家の養成などに惜しみなく使った。

 収集した古今東西の美術品は戦後の混乱期に散逸したらしく、今回の展示品も各地の美術館から集めたものである。
 「原三渓本人でさえ、これらの展示品を一度に見ることはできなかった」といううたい文句が示すように、展示品は国宝と重文のオンパレード。
 蒐集家にとって大事なのは資金と目利きと言われるが、三渓はその両方(プラス商才)に恵まれていたのだろう。

 彼自身が書いた日本画もたくさんあるが、そばにある横山大観や下村観山と比べると、完成度の差にプロとアマチュアの違いがはっきりでている。
 とはいえ彼の画風は自由で穏やかであり、花の掛け軸は床の間に一つ欲しいと思う出来栄えであった(床の間ないけど!)。
 


 横浜美術館は入り口が長辺の中央にあり、正面に円筒形のスペース(上写真)、両翼に左右それぞれ100メートルもある階段状テラス、合わせてグランドギャラリーという空間が広がっている。
 無駄に広くていい感じ。
 設計は丹下健三なのか、ふうん。

 階段状テラスの上から長辺を見ると、パリのオルセー美術館にどことなく雰囲気が似ている。
 あちらは短辺に入り口があるので、入場してすぐ館内を見下ろせる位置に立つことになり、同じようにグランドギャラリーを下に眺めていたら、不意に思い出したのだ。
 ※あとで写真を見たらけっこう違っていたが、記憶とはそういうものだろう。


 ところで。
 加齢によって何が困るって、美術館のぼんやりした照明では細かい字が読みづらいこと。
 混雑している展覧会では流れに合わせて移動するので、ある程度の距離から説明書きが読めないと非常に疲れる。
 今回はそれほど混んでいなかったので、「作品をじっくり見て説明書きも近くに寄って読んで」が出来たが、入場者〇万人突破とかいう東京の有名展覧会ではそうもできないだろうから、見たいものがあってもついつい二の足を踏んでしまう。


 子供の頃住んでいたところには、こういった企画展を開けるような美術館がまったくなく、ある意味では文化度の低い生活を送っていた。
 両親は「芸術に造詣が深い」とはお世辞にも言えないが、札幌で「エルミタージュ美術館展」「印象派展」や「古代エジプト展(←ツタンカーメン見た!)」などが開催されるときはわざわざ連れて行ってくれ、本物に接する機会を与えてくれた。
 そのために学校を休むことも何度かあった(平日だと空いているから)が、我が家では「家族の行事>学校」であり、一日休んだくらいで成績落ちるならそもそも頭が悪いんだ、というのが父親の弁であった。
 この親にしてこの子あり、とはよく言ったものだ・・・。

 
 原三渓は、三十代にして莫大な財を成し、政財界の重鎮や文人墨客と交流があり、すでにひとかどの人と認められていた。
 人生五十年の時代と違うとはいえ、この年になっても私は何者でもないなぁ~と改めて思う。
 世の中の大半はそんな人々なのだろうけど。



 帰り道、横浜駅で「ザ・ロイヤル・エクスプレス」の乗客のための施設、「ザ・ロイヤル・ラウンジ」の前を通った。

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 月に何度かの運航日しか開いていないようだ。

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 誰もいないので、窓から中を覗いてみる。
 椅子や壁は、列車のものと同じような感じだ。
 ここでウェルカムドリンクとか飲んで、旅の気分を盛り上げるのだろう。

 このラウンジの隣には同じような設えのカフェもあり、列車に乗れない庶民も気分だけ味わえるようになっている(爆)

 一回乗りたいけど、土日はほとんど運航していないし、数か月前に予約抽選だから、暇と金がないと無理だろうな~。