ご近所探索シリーズ 国分寺



 仙台近郊は、東北では最も早く大和朝廷に組み入れられたので、当時の史跡が色々と残されている。

 仙台駅の東南約2キロに位置する国分寺もその一つ。

 新型コロナ騒ぎで自主的引きこもり状態にあったが、人気のない屋外ならあまり問題ないだろう、とぶらぶら散歩に行ってみた。


  ♢  ♢  ♢

 ここで歴史のおさらい。

 国分寺とは:

 741年(天平13年)、聖武天皇の詔(みことのり)により、仏教による国家鎮護のため各国に設置した寺院。国分寺(国分僧寺)、国分尼寺がある。
 このうち、仙台にあるのは「陸奥国分寺・国分尼寺」で、所在地がはっきりしているものの中では最も北にある。

  ♢  ♢  ♢


CIMG4806-2.JPG
 敷地の南端にある仁王門。
 ここは国分寺の南大門があった場所なのだそうだ。
 奈良の京の南大門のように立派ではなかったろうが、これよりはるかに大きかっただろうと思われる。


CIMG4800-2.JPG
 金堂跡(奥の建物は薬師堂)。
 基壇は後世の復元で、地下に遺構が埋まっている。


CIMG4793-2.JPG
 国分寺講堂跡に建つ薬師堂。
 この建物は江戸時代の創建で、国の重要文化財。


 このほか七重塔などもあったようで、往時はさぞかし立派な寺院だったのだろう。


 敷地の入り口には、「天平回廊」という白鳳文化風の朱塗りの柱が並ぶ通路と、ガイダンス施設が作られている。

CIMG4808-2.JPG

 ガイダンス施設内には、国分寺関係の文献や異物が展示されている。
 中には平安貴族が書いた「貞観津波」の記録などもあり、なかなか興味深い。


 国分寺の周辺は、仙台市街地よりかなり標高が低い。
 なんでこんな低地に?と思ったが、それでも国道四号より東のズブズブ沖積低地に比べると5メートル以上高く、「扇状地」上であるらしい。
 ちなみに仙台市街地は標高30~40メートルくらいの「台地」。
 堅牢な地盤の台地上に建てなかったのは、当時はこの辺りのほうが利便性がよかったとか、水利の問題とか、何かもっともな理由があるのだろう。

 また、国府と国分寺は近接して建てられていることが多いが、陸奥国では多賀城と10キロ近く離れている。
 その理由もまた謎であるらしい。

 その当時、多賀城の国府からは原野の向こうに七重塔や伽藍の甍が見えていたのかな。 
 北東北育ちの自分にとってはまったく縁のなかった奈良時代が、ここ仙台には息づいている。いつもながら不思議な感じだ。


 大きな桜の木もたくさんあり、ひと月後は花見に良さそうだ。
 その頃コロナ騒ぎがおさまっているといいけど。




☆おまけ☆

 松尾芭蕉はこの場所もしっかり訪れている。

CIMG4791-2.JPG
 句は「あやめ草 足に結ばん 草鞋(わらじ)の緒」。

 国分寺一帯は「宮城野の木ノ下」と呼ばれる有名な歌枕の地であったらしい(現在も町名は木ノ下)。
 なんつーか、和歌の聖地巡礼?
 芭蕉、けっこうミーハーだったのかも。




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)